「ミスター・ロンリーハーツ様」宛に遺書を書いて・・・

たいへん不条理なことではあるのですが、世の中には持っているだけで恥ずかしい物があります。
たとえばマニッシュのアルバムとか、PCエンジンとか、バックストリート・ボーイズのサインとか、保坂尚輝の自伝とか、YAZAWAタオルとか、ベータ版ビデオとかです。

大学から遠いところに住んでいるので、向こうで宴会があった時は友人の家に泊めていただくのですが、「ちょっと散らかっているから、待ってて」と言って5分くらいがさごそしているのは、たいていこういうのを隠しているだと恩知らずなことを想像しています。

ぶっちゃけた話、及川奈央のDVDは別に隠す必要はないと思います。
まあ、「おれのクールなイメージが壊れるぜ」という懸念や、単純に「そうか、この人は美竹涼子に劣情を抱くのか」と認識されること自体に対する嫌悪感というのはあるとは思いますが。

EDさんなんかは「スイカっぷ」みたいなDVDを自慢げにみせていました。
たしかに、手が後ろに回るような、本当にやばいものを隠している(のであろう)方もいらっしゃいましたが・・

一番気になるのは女性の家に行ったときで、15分くらいなんかやってましたが、入ると綾波レイの家なみに殺伐としていました。
クローゼットの方を見ただけで、射るような視線を感じました・・
いったい何を隠していたのでしょうか。
男と女の間には深くて暗い河がありますね。

ですが、数あるグッズのうち一番恥ずかしいのはやっぱり「自己啓発」の本でしょう。
まずなんにしても題名が馬鹿っぽいし、そうかこいつは「愛される上司」を目指しているのかと、欲望まで見透かされてしまうというダブルパンチの恥ずかしさがあります。

アドルノも墓の下で苦笑していると思いますが、この世の中にはアウシュビッツの他にも不条理かつ残酷なことがあって、大阪の寿司屋に就職した友人が、会社の幹部に命じられて、一度ならずも二度までも中谷彰宏の本を読んで感想文を書かされて、人生に絶望しています。

中谷の本は書店で見かけるくらいで、題名だけみても寝込みたくなります。
また私が高校生の時に、中谷は鈴木杏樹と付き合っていて、サッカー部の友人を絶望させていた気がします。

これを無理やり読まされるというのは、寿司屋の友人の言うとおり、完全に「精神的苛め」だし、JRの反省文なみに、人を自殺に追い込むアホっぽさを中谷の本は持っています。
就職活動を考えたこともなく、未だにエントリーシートの意味も分からない私は、彼の面接本も手にとったことすらありません。

ですが、遠くからみているだけで中谷本のやばさは分かります。
ためしにアマゾンで検索してみると、彼の名前で685件ヒットします。
中村うさぎひろさちやを足してもこれには勝てない気がします。

題名を見てみると、友人が何を読まされているのかは知りませんが、どれであっても「ミスター・ロンリーハーツ様」宛に遺書を書いてリストカットしたくなります。

・雑談の達人に変わる本 成功者になるために(2)
なにが怖いって、たぶん(1)があるだろうことが怖い。
雑談の「達人」というポストモダンな概念があったんですね。

・「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏の「言葉のプレゼント」シリーズ5
おまえほどじゃねーよ、というところでしょうか。
これもどうやら1から4まであるようです。
ムチャという概念では把握できない豊穣さを秘めています。

・大学時代しなければならない50のこと
3年終了時点で単位すら50とっていなかった私には無理です。

・成功する「上司」の動かし方―仕事も人間関係もうまくいく50の具体例
なんであれ、部下がこんな本持ってたら絶対むかつきます。
まずはこの本を捨てないと上司との人間関係は終わると思います。

・たった3分で見ちがえる人になる―テンションがあがって愛される50のヒント
覚醒剤擁護のパンフレットかなんかでしょうか・・

・人を許すことで人は許される
突然、キリスト者になってしまいました。

・占いで運命を変えることができる
ここまでくると自己啓発ではないですね。
キリスト教とは相容れない気がします。

・「トイレで笑っている君が好き。」
盗撮指南でしょうか。
鈴木杏樹は毎日こんなこと言われてたのでしょうか。

・「人生の袋とじ」を開けよう。
まだ開けてなかったのでしょうか。

・なぜあの人は「困った人」とつきあえるのか―カチンとくる前にしておく48のこと
48?
2つ目でカチンときてしまいそうです。

・一日に24時間もあるじゃないか
気づいたようです。

・大人のルール―誰も教えてくれなかった
無意味に強調構文・・
尾崎豊が降りてきたようです。

・美人の波動術―幸運の波にのる50の方法
このさい波動と波は違うだろ、というつっこみはなしにしても、少なくとも「波動術」が使える美人はいやです。

・キスに始まり、キスに終わる。
新人指導でしょうか。
あとがきに「本番強要100万」とか書いてありそうです。

・ホテル王になろう―人を喜ばせる天才たち
千昌夫以外の読者が思いつきません。
バブルが弾けて15年経って、太平洋戦争末期よりも景気が悪い時に何を言ってるのでしょうか。

・3分で「気持ちの整理」ができた。―悩んでるヒマがもったいない。
威張ってます。
たしかに3分以上かけてたら685冊も書けませんね。

・男を口説ける男が、女にモテる。
意味が分かりません。

・背中を押してくれる50のヒント
飛び降り自殺の達人?

・自分で思うほどダメじゃない
いや、たぶん駄目です。

・なぜあの人にまた会いたくなるのか
指名料の愚痴でしょうか。

・なぜあの人はお客様に好かれるのか
どうやら相手はナンバー・ワンのようです。

・一日を長く生きる人が成功する
さっき「24時間」ってことに気づいたのでは・・

・口説く言葉は5文字まで―何もしない男が一番嫌われる
だったら本の題名もっと短くしろよ、と言いたくなります。

・二人で「いけないこと」をしよう。―恋愛運を上げる48の方法
大丈夫か?

・オヤジにならない60のビジネスマナー―お客様・女性・部下に愛される具体例
たしかに同期からは嫌われていそうです。

・本番力を鍛える57の方法
また風俗関係ですね。

・3分で右脳が目覚めた。
あ、そう。

・気がついたら、してた。―「好きな人」に愛される40の法則
「気がついたら」って、目覚めた右脳はどうした?
病気とか気をつけろよ。

・南青山の天使―こころのサプリ
突然具体的だ。

・超管理職―「師匠」と呼ばれる上司の法則集
小学生の時に「師匠」というあだ名の苛められっ子がいましたが・・


なにが怖いって、これが「売れている順」っていうことですね。
世俗世界もまだまだ神秘と謎に満ちています。

寿司屋の友人に上司が求めているのは、たぶんここまで馬鹿っぽい本を読んで、しかもそれについて感想文を書くという不条理な行為を「上司の命令」というだけで遂行するかどうか、ということで忠誠を確かめているだけのような気がします。

本当に「これからの若者にはこれが必要だ」と思っていたらやばいでしょう。
真に受けちゃって「右脳で握れる一人前」とか「気づいたら、まぐろ解体してた」とか言い出したらどうするつもりでしょう。

ですが世の中にはたぶん書いた本人も忘れているだろうに、一日一冊中谷の本を読んでいるニヒリストもいるようです。
それでも2年かかるところがすごいですね。

文字数だけならバルザックよりもプルーストよりも多い気がします。
対抗できるのは中里介山の『大菩薩峠』くらいでしょう。

というわけで、問われているのは「遂行的意味」だと割り切って、がんばって感想文書くしかないと思います。