罪を犯さず懐胎した聖母マリア、懐胎せずに罪を犯す方法を教えて

テレビを見ていなかったので知らなかったのですが、イラクの斉藤氏は銃撃戦の直後に、すでに亡くなってしまっていたようです。
北の大地からわざわざナラトロジーお嬢様が教えて下さいました。
イラクでは、私の想像力を遥かに超えたハードで端的で非情緒的な闘争が戦われているようです。

香田氏が殺された時はパリにいました。
真面目なフィールドワークに行ったのに、一言も来いと言ってないスイス人の友人が2日目から私のアパルトマンにいました。

で、彼が来て10日目くらいに、夕食を買いに行って帰ってくると勝手にパソコンをつけて「いい日旅立ちパンク・ヴァージョン」を聴きいていて、「ジャポネが殺されたらしいよ」とかいって、さっそく見たくもない殺害映像を見せてくれました。

みなさんが見たかどうかは知りませんが、「ママン、僕、だめかも・・」という感じでした。
殺害者が汚れないように靴を脱いでいたのがなんとも不気味でした。
その日の夜中くらいに、日本の先輩から「あんな映像見たがる人の気が知れない」というメールを頂きましたが、まったくその通りのしろものでした。

半ギレで、アホで間抜けなスイス白人に抗議したところ、逆に、そこまでショックを受けている私がショックだったようです。
スイスは武装中立国なので兵役があるし、兵役後も毎年2週間だかなんだかの訓練が義務にされていて、家には必ず銃を置いておかなければならないそうです。

さらに何百年も前から、そこら中の戦争に傭兵を送り込んできた国で、斉藤氏が所属していたような警備会社が山ほどあって、多くの知人が日給10万円に惹かれて、無関係な戦争へ行くということが決して非日常的なことではないようです。

だからそれほどショックではないし、たしかにこういう映像を興味半分に見るのは悪趣味であるし忌避すべきことで無理矢理見せたのは悪かったが、イラクでは戦争をしているのだからこういうことは十分にありえることなのではないか、みたいな御託を、私が夕食に買ってきてすっかり食べられなくなったケバブを食べながら話していました。

次の日朝早くから遠いところへ出かけたので、そのことはすっかり忘れてそれ以上は話さなかったのですが、やっぱり非日常的なことではない、とか言われても非常に困ります。

ことは日常的か非日常的か、という審級で問われるべきではなく、ナラトロジーお嬢様が言うように、「なぜ彼らはこうも簡単に殺せてしまうのか」「一方で、われわれはなぜ他人の死をここまで重く捉えることができるのか」というように議論を進めるべきだと思います。

ユルゲンスマイヤーという有名な宗教学者がいます。
先日の国際学会にも来ていて、指導教官が驕らされたらしく、「高輪で牡蠣なんか食べるもんじゃないよな〜」と嘆いていらっしゃいましたが、まあ、それはそれとして、彼は一応学者ですが、文献研究よりも、電波少年的な勢いで、直接テロリストに会ってインタビューをしまくっている人です(移動中に本読んでるかもしれませんが・・)。
オウムの時も強制捜査の最中かなんかにインタビューしに来ていましたし、イラク戦争でも開戦直後にさっそくバグダッドに乗り込んでいました。

彼はある本の中で、アメリカでテロを起こしたアラブ系テロリストに、「なんでホワイトハウスとかペンタゴンだけではなくて、貿易センタービルとかショッピング・モールとかコーヒーショップとか、どちらかというと直接的な効果の薄いような場所も狙うの?」ということを尋ねていました。

テロリストによると、テロは「メッセージを送るため」にやるのであって、直接的に政府の要人を殺したりすることはあまり意味が無いとのことでした。
つまり、「君らの知らないところで、残虐非道なことが行われているのだよ、アメリカ人、君らだけが不幸なわけではない」というようなメッセージを一般のアメリカ人、あるいは世界中の人々に主張するためにテロは行われているということでした。

ボードリヤールもこれとほぼ同じことを『象徴交換と死』や『透き通った悪』以来、ずいぶん前から言っていて、正確に彼が何を考えているかはわかりませんが、世界そのものまでがヴァーチャルになってしまった時、あらゆる交換が不可能になるので、決定的な交換のためには命を賭けてゲームを遂行しなければならない、みたいなことを論じています。

軍事レベルにまで話を落とせば、対称性戦争(国家vs国家)と非対称性戦争(国家vs諸個人=前者によってテロリストと名づけられる人々)というような話になるのでしょうか。

ですが、仮にユルゲンスマイヤーやボードリヤール(二人とも名前を打つのが面倒くさい・・)が正しいとして、というかそれくらいの仮定というか想像力しか私は持っていないのでここから始めるしかないのですが、いったい香田氏や斉藤氏の命と引き換えにどういうメッセージが送られているのでしょうか。

「旅行とかバイトなら、イラク以外でやってくんねーかな、今、戦争してるんだよね」というメッセージだけではないと思います。
ですが、じゃあ、何なんだよと聞かれると、下を向くしかありません。
少なくとも死んだり殺したりしてまでメッセージを送ろうと思ったことはありません。
ですがイラクの一部の人は、どうやらそういう必要を感じているようです。