「イスラムは奇妙に西欧を魅了しつづける」

というわけで、ダイナマイト文学賞は、トルコの作家オルハン・パムク氏でした。

わたしの名は「紅」

わたしの名は「紅」

ある文脈からみるとというか、最近の受賞の傾向と対策から考えると、ほぼ完璧なタイプの方です。
つまりは、現在の西欧の社会・政治的状況にとって、都合の良い作家です。

極論すれば、非西洋出自で、後に西欧社会に編入し、その観点から非西洋を語るようなタイプです。

口の悪かったフランツ・ファノンならば「優等生の原住民」とか言うでしょう。

地に呪われたる者 (みすずライブラリー)

地に呪われたる者 (みすずライブラリー)

この条件に一番当てはまったのが、21世紀最初の受賞者であるV・S・ナイポールでした。

ナイポールは、旧イギリス領西インド諸島トリニダードのインド人の家系に生まれ、奨学生としてイギリスのオックスフォード大学で学び、BBCに勤め、作家になりました。

完璧な経歴です。そして、『イスラム紀行』と『イスラム再訪』という、上記の条件を完璧に体現するような作品を書きました。

サイードがナイポールをぼろくそに批判した文章『知的破局』は、

たとえばパリでは、サンジェルマン大通りにあるソニア・リキエルのしゃれたショールームに、スカーフやベルトやバッグに混じって『イスラム再訪』のフランス語の翻訳書が山積されている。むろんこれは一種の賛辞の表現であるが、ナイポール本人はあまり嬉しがってはいないかもしれない・・・

なんて書き始められています。

私も彼の受賞直後に向こうにいて、村上隆の画集とナイポールの『ある放浪者の半生』がサン・ジェルマンで並んでいたのを覚えています。

ある放浪者の半生

ある放浪者の半生

で、噂のパムク氏は、オスマン・トルコ時代のアルメニア人虐殺告発発言でトルコ当局から国家侮辱罪で起訴され、一貫してトルコやイスラム社会における表現・言論の自由を主張し、他方では、トルコ人の葛藤を通じて、固有の文化・伝統に対する価値の再認識を促しグローバリズムに警鐘を鳴らしてきたようで、イスラム再考からグローカル化までを一手に引き受け、「未開人のふりかざす道義的要求についてのロマンティックなたわごとなどにはまったくとらわれ」ない優等生なわけです。

私は彼の作品を読んだことはないし、彼の活動を批判するつもりは一切ありません。
ですが、今回の受賞で、彼の活動が極めて政治的な文脈に絡めとられてしまうのは確実ではないでしょうか。

まあ、第一回目からそういう傾向はあったようです。

当時は、トルストイにあげようとしたのですが、彼がモルモン教を支持していたため、それが「近代国家の基盤となる徴兵制を危うくするものであり、その社会主義的傾向はノーベル賞の掲げる「人類の進歩、発展、人道主義」とは相容れない」とされて落選してしまったようです。

うーん、天皇制批判をする禅僧あたりが神風特攻隊に取材した同性愛をマジック・リアリズムで描き出したら、いけそうな感じですね。