クリュニー

というわけで、修道会を調査中、あまりの粗食に耐え切れなくなりました。

「そうだそうだ、せっかくここまで来たのだから、近くのクリュニー修道院を見学しよう。このあたりはフランス・スピリチュアリティの中心地のはずで、これを見逃すてはない。聖地は動かない!」と自分用の言い訳を準備して、雪が降る中を、誰も乗っていないバスで出かけました。

「たしか中学生くらいの時に読んだ藤沢周の小説に、永平寺みたいなところでの生活に耐え切れなくなって、とにかく珈琲の味が忘れられなくて逃亡する破戒僧の話があったなー、サイゴン・ピックアップだっけ・・・」とか思いながら、バスに揺られて行きました。

スピリチュアリティの中心地はともかく、もうインゲンとパンと水とか、ちょっと限界だったんです。

で、「そういえば、マコンとクリュニーってなんか覚えがあるな・・・」と思っていたのですが、学部の卒論の一行目でした。

581年マコン公会議では、「女性は理性的存在として分類されるべきか、それとも獣として分類されるべきか」ということや、「女性は魂を持っているのか、そしてほんとうに人類の一部をなすのか」ということが議論された。
また10世紀、クリュニー修道院のオドンは、「肉体の美しさは、ただ皮膚にあるのみだ。もしも人間がボイオテイアの大山猫のように、皮膚の下にあるものを見ることができるのならば、誰もが女を見て吐き気を催すことになろう。女の魅力も、じつは粘液と血液、水分と胆汁とからできている。いったい考えてもみよ、鼻の孔に何があるのか、腹のなかに何が隠されているか。そこにあるのは汚物のみだ。それなのに、どうして私たちは汚物袋を抱きたがるのか」 と述べている。

「とんでもない公会議だなー」と思うのですが、マコン駅は、コミュニティ行きのバスの発着駅になっています。リヨンから電車で1時間くらいでしょうか。

581年頃には栄えていたのかもしれませんが、今ではすっかり寂れています。

で、件のクリュニー修道院ですが、909年9月11日に作られ、一時期は2万人の修道士たちが1200の修道院に暮らしたそうです。

まあ、兎に角でかいです。

バス停の目の前にそれらしき建物があって、受付があるのですが、これは今では美大になっています。

建物の反対側に入り口があるということで歩くのですが、20分以上歩いた気がします。

とにかく広大です。

で、最盛期は凄かったのでしょうが、フランス革命の時の修道院破壊運動のため、今では廃墟です。

徹底的にぶっ壊したみたいで、谷川渥氏の本とか廃墟に興味がある方にはもってこいです。

では、この修道院の栄華というか、早い話、財産はどこにいったのでしょうか。

この辺のことが次の本に詳しくかいてあります(ちなみに渡辺氏は訳者で、原著者はW・ブラウンフェルスです)。

西ヨーロッパの修道院建築―戒律の共同体空間 (1974年)

西ヨーロッパの修道院建築―戒律の共同体空間 (1974年)

この本の第十章「修道院の世俗化と新しい動向」です。

この「世俗化」というのは、「社会分化にともなって宗教が複数あるサブ・システムの一つに格下げされる」みたいな奥ゆかしい過程ではありません。

そうではなくて、修道院の財産が世俗領域に移転されるハードボイルドな過程のことです。

歴史は、不当にも修道士の理想を曲解し、その富を散逸し、修道院を売却し、聖堂を非聖別化し、華麗な建造物を破壊するという愚行を敢えてした。クリュニーは1789年に売却され、その聖堂は1811年に破壊され、1826年になってはじめて記念物としての保護が適用される、という有様であった。
〔…中略…〕
〔修道院を買った〕これらの貴族は、今日もなお、当時の収奪の恩恵を受けているのである。フランスにおいては、修道院の遺産を手に入れた多くの工場や名家が繁栄した。修道院の財産は、いろいろな形で産業革命の資本形成に利用された。(pp. 235-236)

これがそもそも“secularization”という言葉が最初に使われた例のはずです、たしか。

修道院から運び出した写本で道路の溝をうめたりと、ウィルソンもちょっとひくような世俗化だったようです。

で、この本は、20世紀の修道院の作例として、リヨン近傍に、ル・コルビジェが作ったドミニコ派修道院ラ・トゥーレットを挙げています。

現代建築にも取り入れられるコンクリート打ちっぱなしの建物です。

ここには一つとして偶然的なものは存在せず、また一つとして個人的なものが残存していない。この形式は、まさしく明快で厳格で明瞭な精神の秩序を表現しているのである。

というわけで、リヨンから電車で40分くらいなので本当は行っても良かったのですが、内部がなんとなく調査しているコミュニティの教会と似ていたので、「まあ、良いか」となってしまったのです。

が、インゲンもなさそうですし、行けばよかった。。。